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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6081号 判決 1973年1月25日

原告 長谷川幸男

右訴訟代理人弁護士 石井嘉夫

同 稲田寛

同 中村浩紹

同 恵古シヨ

被告 有限会社・丸昇建設

右代表者代表取締役 遠藤平

主文

一  被告は原告に対し、金五〇万円と、これに対する昭和四五年六月二七日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、請求の減縮にかかる部分をも含め、その全部を四分し、その三を原告、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇〇万円と、これに対する昭和四五年六月二七日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  小森谷ゑいは、昭和四四年三月二七日、被告との間で、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を被告から買い受ける契約を締結した。

2  小森谷は被告に対し、右契約に基いて、昭和四四年三月二七日、手付金として五〇万円、同年四月六日、売買代金として一五〇万円、同月一五日、売買代金として五〇万円、計二五〇万円を支払った。

3  被告は、昭和四四年五月一二日、梅津三男との間で、本件建物を梅津に売り渡す契約を締結した。

4  梅津は、右契約に基いて、昭和四四年五月一二日、本件建物の引渡を受け、同年六月ごろ、本件建物につき所有権保存登記を受けた。

5  小森谷は、本件訴訟提起の後である昭和四五年一〇月一九日死亡し、同女の唯一の相続人である原告が同女の一切の権利義務を承継した。

6  原告は被告に対し、昭和四七年四月一九日の本件口頭弁論期日において、小森谷と被告の間で締結された売買契約を被告の責に帰すべき事由により履行不能になったことを理由に解除する意思表示をした。

7  よって原告は被告に対し、右契約解除に基づく原状回復義務の履行として、小森谷が既に支払った二五〇万円のうち、昭和四四年三月二七日および同年四月一五日に支払った各金五〇万円合計金一〇〇万円、およびこれに対する弁済期の経過した後である昭和四五年六月二七日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2、3、5の事実は認める。

三  抗弁

1  小森谷と被告の間で締結された売買契約には、次のような特約があった。

(一) 小森谷は被告に対し、昭和四四年四月二五日までに、残代金を支払う。被告は小森谷に対し、同月末日までに、本件建物の引渡および登記申請をする。

(二) 小森谷が右債務を履行しないときは、被告は、催告をしないで右契約を解除することができる。

(三) 小森谷の債務不履行に基いて、被告が右契約を解除したときは、小森谷は、支払ずみの手付金の返還を請求することができない。

2  ところが、小森谷は、右約定の期限までに残代金の支払をしなかったので、被告は小森谷に対し右特約に基づき昭和四四年五月一〇日、右売買契約を解除する旨の意思表示をした。

3  小森谷は、昭和四四年五月一二日、被告との間で、小森谷が被告に対し同年四月六日に支払った一五〇万円、同月一五日に支払った五〇万円、計二〇〇万円のうち一六〇万円を、被告と梅津の間に締結された売買契約の代金に充当する旨の合意をした。

4  被告は小森谷に対し、東京都北区神谷一丁目二一の五所在の建物一棟を代金四二〇万円で売却することを依頼した。

被告は、右建物を譲渡担保として、橋本新治郎から三五〇万円を借り受け、右建物売却時に、橋本に利息を含めて三八〇万円を返済することになっていたから、被告は、右建物が売却されることによって四〇万円を取得するはずであった。

ところが、小森谷が橋本と売買代金の値下げの交渉をした結果、橋本は阿部某に対し、右建物を四〇〇万円で売却し、橋本は小森谷に対し、仲介手数料として一五万円を支払っただけで、被告は、なんらの収入も得られない結果となり、四〇万円の損害を蒙った。

そこで被告は、小森谷との間で、右損害賠償債権をもって、小森谷の被告に対する四〇万円の返還債権と、その対当額において相殺する旨の合意をした。

四  抗弁に対する認否および原告の主張全部否認する。

仮に、抗弁2の売買契約を解除する意思表示があったとしても、右契約によれば、残代金の支払は、本件建物の引渡、所有権移転登記および敷地の賃借権の引継と引換にすることとされていたものであり、右の履行の提供も残代金支払の催告もしないでされた契約解除の意思表示は、無効である。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1、2、3、5の各事実については、当事者間に争いがない。

二  請求原因4の事実は、被告において明らかに争わないから、自白したものとみなす。

三  ≪証拠省略≫によれば、抗弁1の事実を認めることができる。甲第一号証の一の契約書には、残代金の支払が本件建物の引渡および登記申請等と引換えになされるべき旨の条項の記載があるが、右条項は印刷されたものであって、同じ契約書中に、とくに特約条項として、右の引渡および登記申請等の期限である昭和四四年四月末日に先立つ同月二五日を残代金の支払期限とする旨の条項が書き込まれていることを右条項の記載の体裁と対比すると、契約当事者の意思は、残代金の先給付を約したものと解するのが相当であり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  ≪証拠省略≫によれば、抗弁2の事実を認めることができ、小森谷において残代金の支払をしたことの主張立証のない本件においては、被告のした契約解除の意思表示は、前記認定の特約に基づき有効にされたものと認められ、その結果、小森谷は、昭和四四年三月二七日に支払った手付金五〇万円の返還を請求することができなくなったものと解すべきである。

五  被告代表者の供述中には、抗弁3の事実に沿う部分もある。しかし、≪証拠省略≫によれば、

(1)  梅津が被告に対し、昭和四四年五月一二日、一〇万円と第一回分割払代金六六、九〇〇円を支払った事実、

(2)  小森谷が、昭和四四年四月六日、梅津が小森谷に対し右同日支払った一五〇万円を、被告に支払った事実、およびその一五〇万円が後日被告と梅津の間で締結された売買契約の代金に充当された事実を認定することができ、右(1)(2)の事実に照らすと、被告代表者の前記供述部分は、とうていこれを信用することができないし、他に抗弁3の事実を認めるに足りる証拠がない。

六  抗弁4については、被告代表者尋問の結果も、未だこれを認めるに足りる的確な証拠とすることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

七  以上の事実によれば、原告の主張する契約解除の事実を認めるに由ないわけであるが、原告の請求は、要するに、小森谷と被告との間の売買契約の解除に基づき、原状回復義務の履行として、小森谷が被告に支払った売買代金の一部返還を求めることに帰するのであるから、右契約が被告により解除されたことが認められる場合でも、原状回復義務の履行として返還を受けることのできる代金があるときは、その返還を受けることもやはり原告の請求に含まれるものと解するのが相当である。したがって、原告の本訴請求は、右一〇〇万円のうち昭和四四年四月一五日に小森谷が被告に支払った金五〇万円と、これに対する弁済期の経過した後である昭和四五年六月二七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による利息の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井口牧郎)

<以下省略>

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